知的財産権の「過失の推定」とは?特許・意匠・商標にあって実用新案・著作権にない理由

知的財産権における過失の推定とは、他人の権利を侵害した者には、その侵害について過失があったものと推定するという決まりのことである。特許権、意匠権、商標権などに設けられており、権利者は相手の過失を自分で証明しなくても、損害賠償を求めやすくなる。
知的財産権とは、発明やデザイン、ブランド名、著作物など、人の知的な活動から生まれたものを守る権利の総称だ。その中で、過失の推定がある権利とない権利がある。この記事では、架空のキッチン用品メーカー「Aハウスウェア」の事例を通して、その違いと理由を見ていく。
※本記事は一般的な解説であり、法的な助言ではありません。筆者は弁護士ではなく、内容に誤りを含む可能性もあります。具体的な事案については、弁護士にご相談ください。
事例:「そんな特許があるとは知らなかった」は通るか
Aハウスウェアは、ふたがワンタッチで閉まる新しい保存容器を発売した。半年後、ライバル社のB化成から「容器のふたの構造は、当社の特許権を侵害している」として、損害賠償を求める通知が届いた。
Aハウスウェアの開発担当者は、B化成の特許の存在をまったく知らなかった。「わざとではないし、知らなかったのだから仕方がない」と言えるだろうか。答えは、ほぼ通らない、である。
ふつうは、被害を受けた側が過失を証明する
他人に損害を与えたときの賠償責任は、ふつう「わざと(故意)」か「うっかり(過失)」があった場合に生じる。過失とは、注意すれば避けられたのに注意を怠ったことである。そして、相手に故意や過失があったことは、原則として被害を受けた側が証明しなければならない。
しかし、B化成が、Aハウスウェアの社内でどんな注意を払っていたかを外から証明するのは難しい。そこで特許法などは、侵害した側に過失があったものと推定し、「過失はなかった」と証明する責任を侵害した側に移している。推定とは、反対の証明がない限り、そうであるものとして扱うことである。
なぜ「知らなかった」が通らないのか
理由は、特許権などが特許庁の審査を経て登録され、公報で公示されている点にある。公示とは、誰でも見られる形で世の中に知らせることだ。Aハウスウェアも、新製品を出す前に特許のデータベースを調べれば、B化成の特許に気づけたはずである。調べずに侵害したなら、注意を怠ったと見てよい、という考え方だ。
Aハウスウェアが賠償を免れるには、「十分に調べたが、それでも過失はなかった」ことを具体的に証明しなければならない。実際にそれが認められた例は少ないとされる。
過失の推定がある権利・ない権利
| 権利 | 過失の推定 | 理由 |
|---|---|---|
| 特許権(発明) | あり | 審査を経て登録・公示される |
| 意匠権(デザイン) | あり(秘密意匠を除く) | 審査を経て登録・公示される。秘密にすることを請求したデザインは対象外 |
| 商標権(ブランド名・マーク) | あり | 特許権と同じルールを当てはめている |
| 育成者権(植物の新品種) | あり | 審査を経て登録・公示される |
| 実用新案権(物の形や構造の工夫) | なし | 中身を審査せずに登録されるため。代わりに別のルールがある |
| 著作権 | なし | 登録などの手続なしに生まれ、調べようがない |
| 営業秘密など | なし | 登録制度がなく、公示されていない |
表を見ると、「登録されていて、誰でも調べられる権利」には推定があり、「調べようがない権利」にはない、という筋が見えてくる。
なお、過失の推定がない権利でも、損害の額を計算しやすくするルールは置かれている。「過失の推定」と「損害額の計算のルール」は別のものなので、混同しないよう注意が必要だ。
デザインの例外:秘密意匠
Aハウスウェアが、新しい容器のデザインを意匠登録したとする。ただ、発売前にライバルにデザインを知られたくない。そこで、登録から最長3年の間、デザインを秘密にしておくよう請求できる。これを秘密意匠という。
秘密意匠は、その間は公報に中身が載らない。他社は調べようがないので、「注意を怠った」と推定するのは酷である。そこで、秘密意匠の侵害には過失の推定は及ばない。「調べれば分かる」が推定の前提だということが、この例外からもよく分かる。
実用新案権:無審査だからこその別ルール
では、B化成の権利が特許権ではなく、実用新案権だった場合はどうか。実用新案権は、物の形や構造の工夫を守る権利で、特許と違って、新しさなどの中身を審査せずに登録される。登録されていても、本当に権利として有効かどうかは分からない状態。
そのため、過失の推定は置かれていない。B化成は、Aハウスウェアの過失を自分で証明する必要がある。しかも、権利を使う前に、特許庁に作ってもらった実用新案技術評価書を示して警告しなければならない。実用新案技術評価書とは、その工夫が新しいか、簡単に思いつくものでないかなどを、特許庁の審査官が評価した報告書である。
さらに、B化成が警告した後で登録が無効になったときは、逆にB化成のほうが、Aハウスウェアに与えた損害を賠償しなければならない場合がある。無審査で手に入る権利なので、使う側に慎重さを求めているのである。
差し止めは、過失がなくても求められる
なお、「その製品の販売をやめてほしい」と求める差止請求は、過失の有無にかかわらず認められる。Aハウスウェアが本当に何も知らなかったとしても、特許を侵害している以上、販売を続けることはできない。過失の推定が問題になるのは、主に損害賠償の場面である。
新製品を出す前に、特許・意匠・商標の調査をしておくこと。それが何よりの備えになる。
編集後記:「知らなかった」が通用しにくいのは、登録され、公示され、誰でも調べられる権利だからです。逆に言えば、自社の発明やデザインを守りたいなら、登録して公示しておくことが、いざというときの立証の負担を軽くしてくれます。







