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経営のきほん帖

損益分岐点とは?ラーメン屋の開業で学ぶCVP分析

損益分岐点とは?ラーメン屋の開業で学ぶCVP分析

午前2時。台所の換気扇の下で、鹿野はスマートフォンの画面を親指で送り続けていた。

「ラーメン屋 開業 失敗しない」。同じ言葉で検索するのは、今夜これで何度目かわからない。出てくるのは「開業1年目でつまずく人の共通点」という見出しと、居抜き物件の広告ばかりだ。

会社を辞めて3か月。店の場所は決まり、内装の工事も始まった。開業まで、あと3か月。準備が進むほど、眠れなくなっていった。何が不安なのか、自分でもうまく言えない。それがいちばん不安だった。

画面の文字が、少しにじんで見えた。目をこすって、また同じ言葉を打ち込む。

検索結果をずいぶん奥までめくったところで、古い個人ブログに行き当たった。更新は十数年前で止まっている。店の名前も確かめずに、最後の記事を下までスクロールした。「店を閉じます」で始まる、短い記事だった。自分の店のシャッターに、同じ貼り紙をする日を思い浮かべてしまって、喉の奥がぎゅっと詰まった。礼の言葉が並ぶ中で、ひとつの言葉だけが引っかかった。

――ふくろう相談所。

隣の駅の商店街にある、喫茶店の奥の席。そう書いてあった。フクロウが相談に乗るのか。鹿野は笑おうとして、うまく笑えなかった。鼻をすすって、画面を消した。暗い台所に、換気扇の音だけが残った。

喫茶店の奥の「ふくろう相談所」

翌日の昼、鹿野は隣の駅の商店街を歩いていた。シャッターの下りた店と、まだ開いている店が、交互に並んでいる。

喫茶店は、その真ん中あたりにあった。ドアを押すとカウベルが鳴り、コーヒーと古い木の匂いがした。客は、新聞を広げた老人がひとりだけ。

いちばん奥の席に、手書きの小さな札が立っていた。「ふくろう相談所」。その向こうで、毛玉のついたカーディガンを着たフクロウが、白いコーヒーカップを翼で包んだまま、うつらうつらと揺れている。足もとはサンダル。頭の羽は、寝ぐせのように跳ねていた。

これが、相談所。鹿野は入口で一度立ち止まり、帰ろうかと考えた。それでも、ここまで来てしまった。

鹿野店長
あの……すみません。ここ、相談所って……。
行灯さん
……相談か。
鹿野店長
あ、起きてたんですね。寝ているのかと思いました。
行灯さん
行灯 夜一(あんどん よいち)です。座りなさい。
鹿野店長
あ、鹿野です。

名字を聞いたとき、閉じかけていた行灯(あんどん)の片目が、少しだけ開いた。

行灯さん
ほう。……で、何の相談だ?
鹿野店長
3か月後に、ラーメン屋を開くんです。会社も辞めて、店の場所も決めました。なのに、急に不安になってきて……。

言いながら、声が少し震えた。鹿野は慌てて笑ってごまかそうとしたが、うまくいかなかった。行灯は笑わなかった。カップを置いて、まっすぐ鹿野を見た。

行灯さん
1日、何杯売るつもりだ?
鹿野店長
え……たくさん、売りたいです。
行灯さん
その調子では……不安にもなるな。
鹿野店長
いきなり、それは失礼です!
行灯さん
…………。

行灯は何も言わず、静かに目を閉じた。

鹿野店長
……ごめんなさい。
行灯さん
あなたは、褒めてほしくて来たのかな?
鹿野店長
……店を繁盛させたい。その思いで来ました。
行灯さん
そうか。それなら、赤字にならないためにどう考えればいいかを教えよう。それでいいか?
鹿野店長
はい、お願いします。
行灯さん
最低でも何杯売れば赤字にならないか。それがわかる点を、損益分岐点という。今日はそれを出す。

損益分岐点とは、売上高と費用がちょうど等しくなり、利益がゼロになる売上高のことである。これを下回れば赤字、上回れば黒字。損益分岐点を使って、売上・費用・利益の関係を調べる方法をCVP分析という。CVP とは Cost(費用)・Volume(販売量)・Profit(利益)の頭文字である。

費用を2つに分ける

行灯は紙ナプキンを1枚取り、ボールペンと一緒に鹿野の前に置いた。

行灯さん
かかるお金を、全部書きなさい。
鹿野店長
家賃と、アルバイト代と、麺とスープの材料と……。
行灯さん
それを2つに分ける。売れても売れなくても毎月かかるのが固定費。家賃がそうだな。売れた量に比例して増えるのが変動費。材料がそうだ。
鹿野店長
1杯も売れなくても、家賃は払うんですね……。

鹿野が紙ナプキンに書いた数字は、次のとおりである。

項目 金額 区分
売価 1杯 900円 ―
麺・スープ・具材・のり 1杯 270円 変動費
家賃 月 35万円 固定費
アルバイトの人件費 月 60万円 固定費
厨房機器のリース料・水道光熱費など 月 31万円 固定費
固定費の合計 月 126万円
鹿野店長
あ、でもガス代って、たくさん作ったら増えますよね。固定費でいいんですか?
行灯さん
いいところに気づいた。基本料金の部分は固定、使った分は変動。こういう費用を準変動費という。費用を固定と変動に振り分ける作業を固変分解というが、実務ではここが一番の難所だ。

固変分解の主なやり方は3つある。

  • 勘定科目法:費目ごとに「これは固定、これは変動」と判断して振り分ける。手軽だが、判断に人の主観が入る。
  • 高低点法:売上が最も多い月と最も少ない月の2点を結んで、変動費率を求める。計算は簡単だが、2点しか使わないので、たまたま異常な月があると結果が大きくずれる。
  • 最小二乗法:過去の全データから、誤差が最も小さくなる直線を求める統計的な方法。手間はかかるが、偏りは小さい。

今回は話を簡単にするため、ガス代などもまとめて固定費に入れている。

鹿野店長
そういえば、開業資金の半分は父に借りています。その返済も固定費ですか?
行灯さん
借りたお金の返済は、費用ではない。その話は、いずれする。
鹿野店長
……そうなんですか。でも父は、借用書に利息まで書かせたんです。親子で利息を取るのって、普通ですか?

行灯は何も答えず、コーヒーを一口飲んだ。

1杯で残るお金、限界利益

行灯さん
900円のラーメンが1杯売れたら、店にはいくら残る?
鹿野店長
900円です!
行灯さん
材料費はどこへ行った。
鹿野店長
……900円引く270円で、630円です。
行灯さん
その630円を限界利益という。限界利益とは、売上高から変動費を引いた金額のこと。この630円を積み上げて、家賃や人件費を払っていく。売上高に対する限界利益の割合が限界利益率で、630 ÷ 900 で70%だ。
鹿野店長
630円ずつ、126万円の山を崩していく感じですか。
行灯さん
そう。そんなところだ。

損益分岐点を計算する

行灯さん
では、固定費126万円を、1杯630円で埋めるには何杯要る?
鹿野店長
126万 ÷ 630 で……2,000杯です!
行灯さん
売上高にすると、2,000杯 × 900円 で180万円。これが損益分岐点売上高だ。

式にすると次のとおり。

損益分岐点売上高 = 固定費 ÷ 限界利益率
126万円 ÷ 0.7 = 180万円

損益分岐点販売量 = 固定費 ÷ 1個あたりの限界利益
126万円 ÷ 630円 = 2,000杯

鹿野店長
月25日営業なら、1日80杯。いけそうな気がしてきました。
行灯さん
80杯売って、ようやく利益ゼロ。
鹿野店長
あ……そうでした。それだと、僕の給料はまだゼロです。

自分の給料を出す──目標利益

行灯さん
君の給料は、月いくらにしたい?
鹿野店長
会社員のときの手取りくらいは……42万円は、ほしいです。
行灯さん
考え方は同じだ。固定費に目標利益を足して、限界利益率で割る。

目標利益を達成する売上高 =(固定費 + 目標利益)÷ 限界利益率
(126万円 + 42万円)÷ 0.7 = 240万円

鹿野店長
240万円ということは……約2,667杯、1日だいたい107杯ですか。さっきより27杯も多い……。
行灯さん
42万円 ÷ 630円 で、約667杯の上乗せ。限界利益で稼ぐしかないのだから、当然の結果である。

売上がどこまで落ちても大丈夫か──安全余裕率

鹿野店長
でも、毎日107杯売れる保証なんてないですよね。雨の日とか。
行灯さん
そこで安全余裕率だ。安全余裕率とは、今の売上高が損益分岐点からどれだけ離れているかを表す割合のこと。

安全余裕率 =(実際の売上高 − 損益分岐点売上高)÷ 実際の売上高
(240万円 − 180万円)÷ 240万円 = 25%

行灯さん
売上が25%落ちるまでは赤字にならない、という意味だ。売上高に占める損益分岐点売上高の割合を損益分岐点比率といい、こちらは 180 ÷ 240 で75%。2つを足すと必ず100%になる。
鹿野店長
安全余裕率は高いほど安心、損益分岐点比率は低いほど安心、ってことですね。
行灯さん
損益分岐点比率を下げる手は、固定費を減らすか、限界利益率を上げるか。この2つしかない。

値下げすれば客が増えて儲かる?

鹿野店長
分かりました! 800円に値下げすれば、お客さんが増えて楽になりますよね。
行灯さん
計算してみなさい。材料費は270円のままだ。
鹿野店長
限界利益が 800 − 270 で530円。126万 ÷ 530 で……約2,378杯。1日95杯。
鹿野店長
え、待ってください。値下げしたら、赤字にならないためだけに、1日15杯も多く売らないといけないんですか。
行灯さん
値段は約11%下げただけなのに、必要な杯数は約19%増える。1杯の限界利益が630円から530円へ、約16%減るからだ。
鹿野店長
値下げって、こわいですね……。
行灯さん
値下げでお客が19%以上増えるなら得をする。増えるかどうかは、お客が値段にどれだけ敏感かで決まる。

価格を変えたときに需要がどれだけ動くかは、経済学では需要の価格弾力性という。「需要の価格弾力性とは?」で解説している。

売上10%アップで、利益は何%アップ?

行灯さん
最後だ。月240万円売れている店で、売上が10%増えたら、利益は何%増える?
鹿野店長
それは、10%ですよね。
行灯さん
売上264万円なら、限界利益は 264 × 0.7 で184.8万円。固定費126万円を引くと、利益は58.8万円。42万円から何%増えた?
鹿野店長
……40%ですか!? どうして4倍になるんですか。
行灯さん
固定費は、売上が増えても増えない。だから増えた売上の限界利益が、そっくり利益に上乗せされる。この増幅の倍率を経営レバレッジ係数という。

経営レバレッジ係数 = 限界利益 ÷ 営業利益
168万円 ÷ 42万円 = 4

鹿野店長
ということは、売上が10%減ったら……。
行灯さん
利益も40%減って、25.2万円。てこは、どちら向きにも効く。それから、経営レバレッジ係数は安全余裕率の逆数に等しい。1 ÷ 25% で、ちゃんと4になる。
鹿野店長
さっきの25%とつながるんですね。……少し、気持ちいいです。

この関係は式を変形すると確かめられる。営業利益は「限界利益 − 固定費」であり、損益分岐点では限界利益と固定費が等しい。そのため、営業利益は「(売上高 − 損益分岐点売上高)× 限界利益率」と書ける。これを使うと、経営レバレッジ係数(限界利益 ÷ 営業利益)は「売上高 ÷(売上高 − 損益分岐点売上高)」になり、安全余裕率の逆数と一致する。損益分岐点ぎりぎりで営業している店ほど、少しの売上の増減で利益が大きく振れるということだ。

借入金による利益の増幅は、財務レバレッジという別の概念である。「財務レバレッジ効果とは」もあわせて読むと、違いがはっきりする。

この計算の前提

鹿野店長
これで、完璧な計画が立てられますね!
行灯さん
そう単純ではない。今日の計算には、いくつか前提が置かれている。
  • 売価と1杯あたりの変動費は、販売量に関係なく一定である
  • 固定費は、一定の範囲(店の席数など)では変わらない
  • 作った量はすべて売れる(売れ残りはない)
  • 複数の商品を売る場合は、売上の構成比(セールスミックス)が変わらない
行灯さん
たとえば1日150杯を超えたら2人目のアルバイトが要る、となれば、固定費はそこで階段のように跳ね上がる。数字は、前提とセットで読むことだ。
鹿野店長
いずれチャーシュー麺も出したいんです。そうしたら、セールスミックスも考えないといけないんですね……。

費用を固定費と変動費に分けて利益を計算する方法を、直接原価計算という。損益分岐点分析と相性がよい。「直接原価計算と全部原価計算」も参照してほしい。また、経済学でも損益分岐点という言葉を使うが、こちらは平均費用曲線を使って考える。「損益分岐点と操業停止点」で、会計の損益分岐点との違いを確かめられる。

行灯さん
今日はおわり。……また、おいで。

そう言うと、行灯はまた目を閉じた。鹿野は紙ナプキンを折りたたんで、ポケットにしまう。喫茶店を出て、商店街を歩きながら、もう一度ナプキンを広げた。

鹿野店長
……不思議なフクロウだったな。でも、計算は全部合ってる。

編集後記:損益分岐点は、店を開くときだけでなく、値上げ・値下げ、人の採用、設備の入れ替えを判断するときにも使える道具である。「固定費 ÷ 限界利益率」という1本の式から、どこまで話を広げられるか。今回のラーメン屋の数字を、自分の仕事の数字に置き換えて試してみてほしい。

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